巻坂&東真の世界の坂道くんと真波くんが、東×巻と巻×東な夢を見てしまうお話の続きです。
    今回の話の中に描写はほぼ無い筈ですが、CP混在が苦手な方はご注意ください。
    坂道くん編か、真波くん編のどちらかを読んでいれば何となく分かるかな?という感じです。
    半分程巻坂展開です。






    ※特殊設定ワンクッション※
    このお話は、
    ●巻坂の坂道くんが東巻
    ●東真の真波くんが巻東
    な、えっちい夢を見てしまって…というお話の続きです。
    今回R指定描写はありませんが、設定上ゆるーくそんな会話やネタが出てきますのでご注意ください。
    頭の緩い話の筈なのに、真面目な坂道くんのおかげで何だかギャグと言い切れない感じになってしまったあぁどうしよう回です。

    とりあえず軽率に坂道くんが真波くんに会いに行っているので、巻島さんと東堂さんは一人暮らしをしてるんじゃないかなぁと思います。
    千葉と箱根で汗かかないのは無理。
    そんな感じに設定がかなり曖昧です。
    どうか深く考えずお読みくださいませ。







    「見つけた……!」
    自転車も走行可能な森林公園内をロードで走る坂道が視界に真波の姿を捉えるまで、さして時間はかからなかった。


    * * * * * * * *


    「助けて、って……どうしたの? 真波くん」
    巻島から電話を受け取った坂道の耳に響いたSOS。真波との電話の際、大抵坂道が聞く第一声は緩やかな口調であったため、普段とは違うそれから妙な不安が坂道の胸に広がっていく。
    (まさか、危険な事じゃないよね?)
    電話越しの声は、必死だと感じはしても、緊迫した雰囲気は感じなかった。
    それでも、もしかしてと浮かんでしまう思考に坂道の表情が強張っていく。そんな坂道の表情を正面から見下ろした巻島が、胸をざわりとさせたそれを落ち着かせるように、そっとその頭を撫でた。
    正確には撫でるというよりも、ポンと手を置いただけだ。
    けれど、その優しい感触に電話を耳にあてながら視線と一緒に顔を上げた坂道は、巻島の顔を見ると、自分を落ち着かせるようにゆっくりと深く息を吐いた。
    (落ち着け、僕)
    そう思ったのは、巻島がそう言っているように感じたからだ。
    気合を入れるようにキュッと表情を引き締めると、もう一度電話口の相手の名を呼ぶ。あとは電話の向こうから聞こえる声をただ待った。
    『…………とうどうさんの顔見れない……もうやだ』
    そうして少しの沈黙の後聞こえた声は、小さな子供が必死に何かを主張するようなものだった。
    坂道の問いに、自分の感情をどう言葉にするのか悩み、そして出て来た答えを声に出すことに躊躇って、それでも差し出される手を掴みたくて、告げる。
    迷い悩む声音。けれど意地を張っているようにも聞こえる。
    どう受け取ればいいのか判断し辛い真波の言葉と声に、坂道はこのまま電話で話さない方が良いような気がした。
    「……真波くん、今、どこにいるの?」
    直接会って、顔を見て話さないと、真波のSOSの理由をきちんと聞き出せない気がする。
    どこか直感のような感覚で、坂道はそう思った。
    大切で特別な友人のこんな声を聞いてしまったら、助けて、と言われてしまえば、坂道にはそれを放置することなど出来る筈もなく、すぐ行くからと、気付けばそう伝えていた。
    坂道の目の前には巻島がいる。今日は共に時間を過ごせる日だ。幸せな時間だ。大好きな人と一緒に過ごす幸せを知っている。
    その幸せから、多分真波は何かの理由があって逃げている。逃げ出そうとしている。
    (そんなの、だめだよ)
    迷った時に坂道に連絡をくれた。それが嬉しかった。
    自分に何が出来るのか、自分に出来ることがあるのかなんて分からないけれど、真波の東堂に対する気持ちを坂道なりに理解しているつもりで、だからこそ、東堂から逃げることを選んでほしくはない。
    『来てくれるの? 坂道くん』
    坂道の言葉を疑いたいわけではなく、ただ驚いたように問うた真波が小さく告げた場所は、坂道も知る緑の多い公園だった。
    「もちろん行くよ。だから待ってて」
    坂道は約束を守る。
    そう真波が思っていることを知ってか知らずか、坂道は真波と約束をした。
    必ず行くから。
    そう言って電話を切ると、電話を取る前までの慌てぶりや表情をどこかへ置いてきた坂道は、至極真面目な顔をして巻島に頭を下げた。
    「ごめんなさい、巻島さん。これから真波くんの所に行きます。必ず、戻ってきますから」
    今日、共に過ごす時間が短くなってしまうこと、勝手に約束をしてしまったことを謝罪して、そして巻島の元に必ず戻ると告げる。その大きな瞳には止められる筈もない意思の光が満ちていて、それに見上げ見つめられること数秒。巻島が長い髪をかき上げるように頭を掻いて溜息を吐いた。
    「あー……まぁ、聞いてりゃこうなンのは分かるショ。ただな」
    「はい」
    巻島は坂道に甘い。それは坂道も知っている。けれど、それに甘えるばかりでは申し訳ないと考える坂道は、巻島が出すであろう条件を心して待った。何を言われてもYESと言おう、と。
    「……着替えて行けよ」
    「へ?」
    巻島にソレ、と下肢を指されて小さな頭を自分の足元へ向ける。と、坂道は顔を赤くしてわぁ!と慌てた声を上げた。
    「わ、あ、あの……!」
    そういえばそうだった、と夢と自分の今の状況と巻島からの要求を思い出すと、坂道の頭は一気にぐるぐる回りだす。けれど、それすらも予想出来ていたのか、ペチリと軽い音を立てて坂道の両頬を叩き、巻島が坂道へと顔を寄せた。
    「巻島さん……?」
    「行くんショ。待っててやるから、ひとっ走り行って来い」
    久々の二人の時間を押し遣って他の男の元へ行かせる、というもの少々複雑な所もあるが、巻島の独占欲で坂道の約束や友人を助けたいという気持ちを無碍にすることもしたくはなかった。巻島にとって坂道は、どうしようもなく可愛い後輩であり、愛でたい存在であり、優しくしたい恋人なのだ。
    「そん代わり、戻ってきたら例のアレ聞かせろよォ?」
    けれど少しばかりの意地悪は許してもらおう。
    そう悪戯に笑みを浮かべて言えば、坂道の顔が珍しくぎこちない笑みを浮かべる。
    「が、頑張ります」
    確実ではないものの交わした口約束と、どこかからかいたくなる坂道の表情にクハ、と笑うと、巻島は坂道の頭をくしゃりと撫でた。
    そうして手早く着替えを済ませロードを手にした坂道は、我儘なのは分かってるんですけど、と巻島に一つ頼み事を残し出掛けて行く。

    「……ったく、これでタダの痴話喧嘩なら、あいつら死刑ッショ」
    坂道からの頼まれ事を果たすために手にした携帯電話を持ち、物騒な内容を吐きながらも、家に一人残された巻島は仕方ねェなと口端を歪め笑った。


    * * * * * * * *


    「真波くん!」
    どれほど時間が経ったのか。膝を抱え空を見上げる真波に己の存在を知らせるよう坂道が声を響かせると、その声に反応した真波は少し驚いたように目を開き、緩く唇を動かした。
    「……ほんとに来てくれたんだ」
    「だって、約束したから」
    よいしょ、と抱えてきたロードを芝生の上に寝せて置くと、坂道は真波に向かって笑みを浮かべた。
    見つかって良かった。
    居てくれて良かった。
    そう、ただ純粋に真波に会えたことに安堵して、その隣にとすんと腰を下ろす。
    汗は掻いていない。その前に真波を見つけたから。
    「真波くんが居るならここかなって思って」
    「あはは。ばれちゃった」
    正解、と笑う坂道につられて真波も小さく笑う。
    真波と坂道の座るそこは、この森林公園の中でも高い場所に位置する、芝生に覆われた小さな丘のような多目的広場だ。てっぺんを目指す真波らしく、座り込んでいたのは複数重なる丘の中でも一番高いそこで、以前坂道とこの公園にロードで訪れた際に二人で休憩をした場所でもあった。
    芝生を傷つけてしまわないようにと抱えて来た坂道のロードの近くに真波のそれは無く、よく見れば座る真波の服装は限りなくラフだ。
    坂道からすればいつもオシャレな格好をしている真波の、まるで何の準備もなく散歩にでも行くかのような軽装に、坂道はそれに触れるか否かと、そんな服装でいることの理由を考え始めた。
    そうして隣に座り真剣な表情をして何やら考え始めた坂道をチラリと見遣った真波もまた、迷い悩んでいた。
    勢いで坂道に助けを求めてしまったはいいものの、何からどう言葉にすればいいのか、と。
    東堂から逃げるように家を飛び出して、息が切れるほど走って走って、やっとあの声が薄れかけて来たというのに、話をすればまたすぐに思い出してしまう気がする。それに、自分にもよく分からないものを説明するのは色々なものが必要で、正直それは面倒だと思った。
    (坂道くんがエスパーならいいのに)
    このままでいるのは嫌だ、という気持ちから坂道への要求を上げ、けれどハタと気付いてしまう。
    真波の思考が筒抜けになるという事は、あの見た夢や、それを見た真波の思考を坂道が知るという事だ。
    (あ、やっぱりナシで!)
    理由を認識しているわけでもなく、あまりにあっさりと自分の思考を否定した真波は、むむむ、と考える毎に唇を尖らせていく。
    坂道にあの夢の内容を知られるのは嫌なのか。
    どうして坂道に連絡をしたのか。
    ポン、と頭に浮かんだことをそのまま口にして、そして東堂に眉を顰められることも少なくない真波は、少しだけ考えてみる。
    (坂道くんになら、知られてもいい……のかな)
    どうなんだろう。そう思って隣に座る坂道へ顔を向けると、坂道はまだ自分の思考の中にいるようで真波の視線に気付かない。
    自分の恋人が友人の恋人と抱き合ってる夢を見て、その夢の中の恋人の顔をどうしようもなく求めて、離れない艶やかな響きを残した夢の彼と現実の彼を重ねたくて、重ねたくなくて。
    求めているのはただ一人であるのは変わらないのに、どうしたら良いのか分からない。
    「あー……なんかもう、無理」
    分からない。わかんない。
    東堂さんが勝手に夢に出てきてあんな声で巻島さん呼んでやらしい顔してるのがいけないんじゃん。
    どう考えても八つ当たりな事を考えて、溜息を吐きながら立てた膝に上半身を添わせるように、ぐにゃりと身体の力を抜く。
    「ま、真波くん?」
    隣から不意に上がった声に現実の思考に戻ってきた坂道が、頭をコテりと倒した真波の顔を覗き込んで声をかけるそれに、真波はどこか諦めたように言葉を紡いだ。
    「僕さ、とーどーさんのやらしい夢見ちゃったんだ」
    「え、あ、うん……ぅえぇ!?」
    その言葉に、そうなんだ、と頷きかけた坂道は、予想もしなかった内容に驚きの声を上げて頬を僅かに赤らめた。
    まさか、まさかそんな偶然。そんな思考を巡らせる坂道の口がはくはくと動くけれど、言葉は出てこない。
    坂道が真波の言葉に驚いた理由は二つ。真波から前触れなく飛び出してきた言葉が人目を気にしてしまう内容であること。そして、自分自身も今朝そういった夢を見てしまったこと。
    真波の夢に巻島が出て来たとは限らない。そう思いながらも、坂道は何故か自分の頭に浮かんだ可能性を捨てきれなかった。
    そしてそんな真波は勿論、坂道の反応の理由の全てを知らない。それでも驚く坂道に疑問を抱かなかったのは、話す内容が内容だったからだ。
    現在の時刻はまだ朝方で、時間にもなれば多くの子供連れで賑わうこの公園も、今は犬の散歩やジョギングをする人達しか見かけない。思わず辺りを見回してしまった坂道とは反対に、口に出したことであぁこれでいいんだ、と悩みを告げる方法を結論付けた真波は、世間話をするような口ぶりで言葉を繋げた。
    「夢だからそうなのかもしれないんだけど、それがいつもの東堂さんじゃないみたいで、何か、この辺がおかしくて」
    この辺、と場所を示すように身体を少しだけ起こし、キュッと胸の辺りのシャツを掴む。空でも坂道でもなく、自分の身体の延長線上にある芝生を見つめる。
    東堂のあの姿を見る望みは坂道には叶えられない。それでも真波は坂道を呼んだ。
    自分が反射で、本能で選んだその行動にはきっと意味か理由がある筈で、坂道ならばきっと受け止めて導いてくれる筈だ、と胸に湧く妙な確信を信じて、真波は頭に浮かぶ言葉を差し出していく。
    「東堂さんの声、少ししか聞こえなかった筈なのにずっと頭に残ってるし、巻島さんのしたこと真似しちゃうし、朝から東堂さ…」
    「まま、待って! あの……ひょっとして真波くんも?」
    真波が巻島の名前を出した途端、続ける真波の声に被せるように坂道の声が響く。待ってと聞こえた気がして話す言葉を中断し、真波はその声の主の方へ向くために上体を起こした。
    その視線を向けた先では、先程まで足を延ばして座っていた坂道は何故か正座をして、真波に詰め寄るように身を乗り出している。
    「……なんで坂道くん、顔真っ赤なの?」
    そして一番に疑問に思ったことを告げた。
    坂道は確かに、そういった内容に対してすぐに頬を染めることが多い。下ネタよりも俄然恥ずかしいことを笑顔でさらりと言ってしまえるくせに、性的な話題に関して慣れというものをまだ知らないらしい。それは真波も知っている。その姿が可愛くてからかって、もう!と坂道に怒られたこともある。
    けれど、先程まで真波が言葉にしていたものは直接的なものではない筈だ。だからどうして?と真波は首を傾げる。
    「え、そんなに赤い? 熱い気がするとは思ったんだけど……!」
    真波の言葉に慌てて自分の頬に手をあてた坂道は、その温度の高さにすら驚いたのか、ひゃーとまた声を上げている。
    「坂道くん、顔についてる」
    その一人焦る姿に思わず笑みを浮かべて、大きな眼鏡をずらしてしまわないように手を伸ばして坂道の頬についてしまった芝生の草を払うと、赤い顔をしたままそのレンズ越しに見つめられて、妙にドクリと心音が響いた。
    それでもその視線の意味が気になって、真波は口を開く。
    「なに?」
    「あの……、ごめんね」
    「どうして謝るの?」
    真波が坂道の視線に返すようにじっとその瞳を見つめ返して聞けば、少しだけ伏せられる瞳。
    迷いと恥じらいと申し訳なさが合わさった表情は何となく真波にも伝わった。けれど、謝罪される理由は見つけられない。
    「さかみ…」
    「ぼ、僕も、その……巻島さんと東堂さんのエッチな夢、見ちゃって……」
    「え?」
    「東堂さんが真波くんの恋人だって分かってるのにごめん!」
    先程頬にあてた手を正座した両足の上に置き、坂道はそのまま勢いよく真波に頭を下げた。
    「坂道くんも、あの夢見たの……?」
    その姿を見たからではなく、坂道の言葉に驚きを隠せない真波は、パチパチと音がしそうな程はっきりとした瞬きを繰り返した。
    「え、えと……その、多分?」
    夢に見てしまった内容で真波が怒るとも、そういった事にこだわるとも考えてはいなかったものの、先程までと全く変わらない声音に坂道は頭を上げ、首を傾げつつもその質問に答える。
    同じ夢か否か。大まかな内容を言えば二人は同じ夢を見た、と言えるのかもしれないが、実際の所は『同じ』夢ではない。
    「東堂さんがやらしくて、巻島さんが何か意地悪で、見たいわけじゃないのに見ちゃう?」
    「そ、そう……! 最初は僕、目を逸らそうと思ったんだけど、一回見ちゃったら目が離せなくなっちゃって」
    「……あ。現実の巻島さんって、する時坂道くんに酷いことしてない?」
    「え!? な、ないよ! 巻島さん優しいからそういうのは……って、あああの僕も、東堂さんが相手って大変っていうか凄くドキドキしそうっていうか……!」
    曖昧な内容の会話では、どちらが抱いている側なのかという大きな違いに気付ける筈もなく、そういえば、と意地が悪いと巻島に感じた際に坂道のことが思い浮かんだことを思い出した真波がそう問いかけると、坂道は顔の前で両手を振りながらもブンブンと勢いよく首を左右に振る。どうして僕と巻島さんの話!?と思いながらも、東堂の姿を見て真波に申し訳ないと考えた坂道は、互いを思い出すというどこか似た思考にじわりと喜びを感じながら、真波の方へ話題を逸らそうと話を振った。
    互いに恋人同士であるという事は知っていても、身体を繋ぐそのことに触れられるのは坂道からすれば妙に恥ずかしい。互いに顔を知って、知られているからかもしれないが、真波にとってはどうやら然程羞恥心を煽られるものではないらしい。
    「東堂さんってさ、いっつも自分だけ何でもないみたいにしてるのに夢だと違って、何かやだって思ったら音だけ全部聞こえなくなって、夢って本当不思議だよね」
    「え、真波くん音途中で消えたの? ……僕、ずっと聞こえてた気がする、けど……」
    真波の言葉に疑問を感じ、記憶を辿り夢の詳細を思い出したことで坂道が首元まで赤く染めてモゴモゴと言葉を詰まらせたのをきっかけに、何とも微妙な空気が二人の間に流れていく。微妙な空気ついでに夢の内容と一緒に互いに目が覚めた後の事も思い出してしまい、流石にそれは相手がどうであったのか聞ける筈もなく、次に繋ぐ言葉を探す。
    気恥ずかしいような沈黙の中で、朝の時間に相応しく爽やかな風が流れていく。木に繁る葉が音を鳴らして揺れて、鳴いているのかすら分からない程の遠い空を鳥が飛ぶ。
    膝を抱える姿勢から両腕を腰横に置いて空を仰ぎ見るよう身体を伸ばした真波は、少しだけ紅潮させた頬を冷やすように吹いていく風に小さく笑った。
    「坂道くんって凄いよね」
    そう言ってそのまま芝生に仰向けにごろんと寝転ぶと、座る坂道の背に独り言のような声をかける。
    聞こえてもいい。聞こえなくてもいい。
    (坂道くんならきっと聞いてるんだろうけど)
    「急にどうしたの?」
    堅苦しい正座から今度は膝を抱える坂道が真波を振り返り問いかけるその声に、ほらねと心の中で呟いて、真波は笑う。
    「だってさ、坂道くんに会うまでは結構頭の中がわーって凄いことになってたのに、今は何か……東堂さんに会いたいなーってなってるから」
    この場所に来て時間が経ち少し頭が冷えたことも理由の一つと言えるかもしれないが、真波の中で何かが起こったわけでも、夢への気持ちが消えたわけでもない筈だ。
    坂道くんと会って話して同じ夢見たって知っただけなのに、凄くない?
    真波がそう続ければ、言葉を噛み締めるようにじわじわと破顔した坂道が、小さく声を出してへへ、と笑った。
    「僕が夢を見たのは偶然だけど、でも真波くんがそう言ってくれるなら良かった」
    僕は何も出来てないけど、と頬を掻く坂道は、それでもニコニコと笑みを浮かべる。

    ────『とうどうさんの顔見れない』

    そう電話で言って坂道に助けを求めた真波が、東堂に会いたい、そう言った。
    夢を見て、起きて、二人の間に何があったのか詳細は分からないけれど、真波の気持ちの変化に坂道は笑う。
    そんな笑みに、坂道の身体から喜びが溢れ出して花にでもなってるみたいだ、と自分を見る坂道の姿に何かを見た真波はぱちりと瞬きをして、そして、よっと声を出し腹筋を使って上体を起こす。くん、と伸ばした掌で、今なら何かが掴めそうな気がする。
    「あの、真波くん」
    起き上がった真波に合わせて身体を捻り直した坂道は、遠慮がちに、けれど瞳の奥にキラキラとした何かを秘めて真波を呼ぶ。
    「うん?」
    「真波くん、夢の話って東堂さんにした?」
    あの夢の話を、本人に?
    坂道の問いからゆっくりと一呼吸置いて、真波の口から漏れたのは勿論否定だ。
    「えぇ? してないよ。 ……何か、言ったらからかわれる気がするし」
    言葉にして、それも何か違う気がすると思った。
    目が覚めた時に、見た夢の話を相手に告げようだなんてそもそも考えなかった。ただ、東堂が自分を抱いている時と違う顔をしていた事が、見たことのない顔をして、聞いたことのない声音で巻島の名を呼んでいた事が、悔しくて。
    (……あれ?)
    そこでふと、自分の思考に首を傾げる。
    (そっか……オレ、悔しかったんだ)
    モヤモヤして、ズルいと思って、身体の中でグルグルしていた何か。それが、悔しいという言葉で一気に整理されたように、感情がそれぞれの場所に落ちていく。
    「あの、言ってみない? 東堂さんに夢のこと全部。真波くんの気持ちも、夢の中で思ったことも」
    ポロリと目から鱗が落ちて呆けたその顔で、坂道を見る。
    「……うん」
    言ってもいいのかな。そう思いながらも、真波は素直な気持ちで坂道の言葉に頷いていた。


    * * * * * * * *


    そしてそんな二人が出会う前。
    巻島のいるその家のインタホンを押す人影が一つ。互いの恋人が見た夢を知らない親友同士の話が始まろうとしていた。




    (2015.01.01)
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