全開ケイデンス福岡39
     荒真小話(荒北一人暮らしの未来妄想恋人設定)





    ピンポン。軽快な音を鳴らして家人を呼ぶ。身体の奥がむずむずする。目的地を目の前にしたオレの頭の中は、この扉の先の人、ただそれだけででいっぱいだった。


    「何か、丁度良かったみたいですね~。はい」
    どうぞ、と即席で作ったお粥をお皿に移して差し出すと、いつも以上に声を擦れさせた荒北さんが悪ィと言ってそれを受け取る。
    普段細身に見えるその身体は、寒気がすると言って着こんでいるせいで今日はぶくぶくと丸くなっていて、額には冷却シート。それから、机の上には食事をするためにと、ついさっき外したマスク。ホカホカとお皿から上がる湯気を見るその目は少し虚ろだ。
    インターホンを押して暫くして開いた扉から、どこから見ても風邪だと言わんばかりの荒北さんが顔を出したと思ったら『飯……作って』って倒れ込んできたのにはびっくりした。聞けば体調に異変を感じて家に帰る途中で薬を飲むための食事を適当に買おうと思ってたけど、体調悪化の方が早くて結局何も買えずに帰宅したらしい。薬もそうだけど腹減ったァと漏らした荒北さんのお腹は確かに空腹の音を鳴らした。
    自分で何か作る気力も湧かなくて、よたよたトイレに起きたところにオレが鳴らしたインターホンの音が響いて扉を開けたんだと聞けば、タイミングが良かったと思わずにはいられない訳で。
    約束も連絡も、してなかった。
    ただ無性にここに来たくて、荒北さんに触りたくて、触れられたくて突撃しに来た、ただの偶然。目的が目的だからなぁ、なんて思って来た理由はまだ言えず聞かれず、食事を始めた荒北さんの近くにぽすりと座る。
    身体の中の違和感は、まだ消えない。
    「どしたァ?」
    遠くない距離から、荒北さんの掠れ声。
    「……むずむずするんです。何か」
    本当にお腹が空いてたのか、いつも通りがぶりと口を開いて放り込んだ多めのお粥を咀嚼してから、体調が悪いのにオレのことを気にして声をかけてくれる優しい気遣いがちょっと嬉しくて、悩みながらも正直に口を開く。でも、どう言ったらいいかはよく分からない。何だか身体が落ち着かない。
    「ムズムズって……どこがァ」
    「え? 身体が、ってわぁ…!」
    いつもだったら何がどうなのかハッキリ言えって言われてる気がするなぁと思いながら、どこ、って聞かれて正直に答えた途端、『ブっ』と派手な音を立てて口に入れたお粥を吹き出した荒北さんの反応と、飛んできたお米の粒に声を上げた。汚い。ちょっとこれは汚いよ荒北さん。
    「……アー……ごめんねェ」
    吹き出した時に欠片が喉に詰まったのか数回ゲホゲホと咳き込んだ後、適当に飛んだお粥を回収しながらそう言って、荒北さんがオレを見る。
    「……何ですか? お粥、何か入ってました?」
    ジトっと何かを確認するように絡む視線に少しだけ身構えるも、何か小さく呟くみたいに口を動かしてすぐに視線を外した荒北さんは、ベツにぃと返事のような違うような言葉だけを返してくる。
    「真波ィ」
    「はい?」
    「オレはこれから寝っケド、ぜってー帰ンなよ?」
    そして半ば一方的にそう告げると、薬を水で流し込んだ後、くしゃりとオレの頭を撫でて布団の中に潜り込んでいった。


    帰るな。そう言われたのはどう受け取ったらいいんだろうと思いながら、ベッドに向かう前にオレの頭を撫でていった荒北さんの指の感触が名残惜しくて、その人が寝るベッド近くに座り込んだ。
    鞄を引き寄せて探り当てた携帯を見て時間を確認して、直ぐにまた鞄に戻す。何気なく呼吸をして、あぁ荒北さんの家だなって嗅覚が脳にそう伝達して、やっと一息吐けた気がした。
    「なーんだろ」
    むずむず。もやもや。何か、どこか、すっきりしない。
    一人呟いた声は返事のない空間に響くだけ。答えがどこかにあるわけじゃない。でも、ここにいれば何とかなる気がする。
    ぼんやりして、うとうとして、思えばこんなに何もしないでいるのはあんまりない気がするなと考えて。どれくらい時間が経ったのか、携帯をまた引っ張り出すのは面倒で、実際時間の経過自体はそう気になることじゃなかったから、確認するのはやめた。代わりに落ち着けていた腰を浮かせてベッドの方へ向き直りその中を覗き込むと、視線の先に荒北さんの寝顔。よいしょ、とベッド端に両腕を組んでその中心に顎先を乗せて寝顔を眺めていると、ウンという小さな唸り声を上げて荒北さんの身体がオレの方を向くようにごろりと転がった。
    けど、目が覚めたわけじゃないらしい。
    「あらきたさーん」
    ねぇこれ。この身体、どうしたらいい?
    寝返りを打った時に動いた手のひらが布団から覗き見えて、起きている時ほどは動かないそれを見ていると、触れたかった、触れてほしかった欲がグンと増長される感覚。起きてほしいけどこのままが嫌なわけじゃなくて、触りたくて触れたくて。
    「……あれ……?」
    ぎゅう、と胸が苦しくなって、解放されて、覚えがあるようなないような感覚を下腹部に感じる。うん?と首を傾げる程度に、体温が上がったような気がする。
    あれ? これってひょっとして……?
    組んでいた腕を解放して頬を残した腕に預けたまま、反対の腕をそろりと下肢に伸ばしてみる。
    「っぁ…」
    思わず漏らした声に内心焦って、口元を隠すみたいに曲げた腕の中に押し付ける。そうしてもう一回確認するようにそろりと下肢の中心に下ろした指先を這わせてみると、何をしたわけじゃないのに確かにそこが緩く反応していた。
    触ってもないのに何でって思うのと一緒に、身体のもやもやの原因はひょっとしてこれかもと思い至って、じわっと身体に熱が集まる。
    おかしいの。これかなって思った途端に意識がそこに集中するんだ。
    「っぅ、ん!」
    まだ中途半端だと思うその反応に逆にどうすれば落ち着くのか分からなくて、ぎゅっと腿に変な力が篭ったことでその狭間にあった手を下肢に押し付ける形になって思わぬ刺激に肩が跳ね上がる。あ、どうしようこれ。
    「続けたらァ」
    「ふぇ?」
    じんじんじわじわ下腹部辺りを疼かせ始めたそれを持て余して、これ以上触らずにいたら落ち着くかな、なんて考えていたオレの髪を何かが撫でて、気だるげな掠れ声が突然響いてガバっと顔を起こす。え、だって、今。
    「荒北さ、ん、いつ起きたの……?」
    後ろめたいとかそういうわけでもなく、ただ本当に予想してなかった声が聞こえた事で驚いたそのままを晒して聞けば、さっき、と本当かどうか分からない答え。それを微妙に曖昧にしたまま、触れたオレの髪を遊ぶみたいにツンと引っ張って、寝転がったままの荒北さんが結構な至近距離からオレを覗き込む。
    「オメーさ、溜まってンじゃねぇ?」
    「へ……えと、そう、なんですか?」
    溜まってる。溜まる。周りの会話から聞こえてこないこともない言葉。意味はなんとなく分かる…ような気がするけど、今の自分にそれが当てはまるのかどうかはっきりと判断は出来なくて問うように言葉にすると、呆れるような顔をされた。
    「勃ってんダロ?」
    「なんか今、荒北さんの手見てたら……こう……」
    「ッハ! 寝てる人の手ェオカズにしてんじゃねぇヨ」
    聞かれ正直に答えれば今度は言葉とは裏腹に笑われて、手伝ってやるけどどーするよって問われて、どうしようだとか思ってたオレはお願いしますという言葉しか出て来なくて。
    まだあんま動けねぇからと荒北さんに手招きされてベッドの端に言われるまま腰掛けると、体温が近付いてぎゅっと周りの空気が濃くなった気がする。
    「擦ンのはテメェでやれよ?」
    そう告げられて触れた体温が今日ずっと欲しかったから、何か全部繋がってるのかもしれない、なんて思いながらこの上がり続けそうな熱を何とかするためにオレは意識を集中させることにしたのだった。


     
    「あークソ……ヤりてぇ……」
    「あはは。風邪が治ったらお願いしまーす」




    (2016.01.19)
    スポンサードリンク


    この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
    コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
    また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。